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2007年08月08日

何故だ。。。

先日、開催された、
「HERO'S 2007 〜 ミドル級世界王者決定トーナメント開幕戦 〜」。

今更だが、ショッキングな大会だった。
ショッキングなこととは、
PRIDE代表と言ってHERO'Sのリングに上がった田村選手が金選手に負けたことではなく、
所選手がブラックマンバ選手にリベンジが果たせなかったことでもなく、
ウマハノフ選手が秒殺されたからでもない。
(ちょっと前まで無敗だったウマハノフ選手が負けたのは、少し残念だったけど。。。)

ショッキングなこと。。。
それは、船木誠勝の現役復帰宣言である。

今を遡る事7年前。
2000年5月26日に開催された、コロシアム2000。
そのメインイベント、
船木誠勝 対 ヒクソングレイシー

ヒクソングレイシーに重いパンチを喰らわせ、眼窩底骨折の重症を負わせるも、チョークスリーパーで失神させられた船木誠勝。
試合後、花道を帰る途中、各席に向かって、
「15年間ありがとうございました」
と引退発言をしつつ、挨拶をした。

15歳で故郷青森を出、新日本プロレスの門を叩き、その後UWF、藤原組を経て、パンクラスを立上げ日本の総合格闘技界をリードし、延べ15年間闘い続けた船木誠勝は、心身ともにボロボロの状態だったに違いない。
当時のオレは、その15年の集大成がコロシアム2000でのヒクソン戦であったことを考えると、非常に胸が熱くなった。
船木誠勝、彼こそ真の漢(オトコ)であると。。。
世のプロレスラーには、引退しても復活を繰り返す人がいる中、船木誠勝は復活せず、俳優に転進した。
(最終的に、船木誠勝はプロレスラーというより、格闘家だったけど。)
その潔さも、まさに漢(オトコ)であった。

だが、しかし。
船木誠勝はあのヒクソン戦から7年たった今、現役復帰を決意したのだ。
本当に、ショッキングだった。
どうしたんだ、船木。
オレが勝手に描いていた、船木の潔い「男道」は何だったのだ。。。
ショックのあまり、船木の現役復帰発言の次の日から、オレは夏風邪を引き、39度の熱を出した。
(たぶん、偶然だけどな。)

しかし、真の男・船木誠勝。
半端な気持ちで現役復帰宣言をしたということはあるまい。
今年の年末、船木誠勝の復帰戦での勝利に期待します。
そして、今度は試合に勝って、あの名言「明日からまた生きるぞー」とマイクアピールしてくれ!!。
posted by ノゲイラゆうり at 02:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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